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 しかし、8月に入ると頼みの野戦軍から敗報相次ぎ、オリヴィエ政権が倒れるという政変もあったお蔭で防衛計画の実施は大きく遅れ、一部は中止に追い込まれました

 この緊急時にウジェニー摂政政府は急ぎパリ防衛の計画を練り直し、市民や周辺住民の徴募(国民衛兵や護国軍、義勇兵部隊など)と並行して首都防衛を計画・実施する中央組織を立ち上げます

これがパリ防衛委員会で、この委員長がパリ「防衛総督」に任命されたジュール・トロシュ将軍、後の国防政府首班でした

 トロシュ将軍ら委員会は、「速やかに首都の安全を計るため」パリを囲むティエールの城壁では、独軍による正攻法(対壕と並行濠を掘り進めて城壁に迫る攻撃)に対する防御を後回しとして、ポン=ドゥ=ジュールの稜堡(パリ最南西端・城壁のセーヌ川による開口部分の稜堡)とバンブ分派堡塁の後方となる稜角付近に設けただけで他区域の対策工事を中止させ、その資材と工夫・工兵を全て既存16個の分派堡塁の補強とその周辺に関連設備を設置する工事へ振り向けるのでした

 この緊急工事は幸いにも順調に進んで9月上旬には終了し、トロシュ将軍らは平行して更なる防備強化に進みます

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 この「トロシュ委員会」(9月4日の「革命」以降はトロシュ「大統領」主催の「国防委員会」となります)は以下の通りに防御工事と兵力展開を行いました

◯パリ北東~東部正面 サン=ドニ東方の小河川を一部閉塞して氾濫地域を設け、各分派堡塁の空堀にも水を満たしました

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サン=ドニのドゥ・ラ・ブリッシュ堡塁付近では、その北2キロのヴィルタヌーズや東北東3キロ、当時は風車場のあったスタンに土塁や散兵壕を築き、これを交通濠で連絡させ、氾濫地区の中に前哨線を設けたのです

 ドゥ・レスト(東部)堡塁の東側では、サン=ルシアン(サン=ドニの東2.3キロ)、ラ・クールヌーヴ(同東3キロ)2つの部落を防衛拠点として鹿砦や阻塞物多数を設置し、家屋や隔壁を補強して銃座などを設け、ラ・クールヌーヴ部落の郊外には2ヶ所の肩墻を設けました

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また、これらの防御施設は連絡壕で結ばれ、この壕はドゥ・レスト堡塁南方のクレーヴカールの小部落(同南東2.4キロ)に達し、ここからオーベルビリエ部落、更にドーベルビリエ堡塁を経由しウルク運河縁までに至りました

 このウルク運河南岸では、ボンディとノアジー=ル=セックの両停車場(ロニー堡塁の北東方面)に防御施設を設け、ノアジーの部落周辺にも防御工事を行うのです

 ウルク運河の南側からマルヌ川に至るパリ東方高地は、既に相互連絡と補完が可能な諸堡塁が完備されていたため、トロシュ委員会が行ったのはロマンビル堡塁からノジャン堡塁に至るまでの間の連絡壕を完成させて補強し、堡塁や小堡間に数ヶ所肩墻を設置するだけでした

更にセーヌ=マルヌ合流点の南側、シャラントン堡塁付近ではメゾン=アルフォール部落の南郊に砲台を設け、堡塁に近付く敵を掃射出来るようにする工事が進められました

 一方、パリ市内北東部では18区・モンマルトルの丘に強力な砲台を構築し、ここには市内に存在した最大口径の要塞砲を設置してサン=ドニから東部の諸堡塁を攻撃する敵を砲撃する準備をしました

 モンマルトルの大砲◯パリ南部正面 パリ南部城壁外セーヌ左(西)岸では、重点防御区域となっていたオート・ブリュイエール丘陵とビルジュイフ部落周辺で防御工事が急がれ、同部落の西1キロ付近の尾根上にオート・ブリュイエール小堡が完成し、稜堡を持つ築堤や散兵壕が造られました

ビルジュイフ部落はディブリー、ビセートル両堡塁と連絡壕で結ばれ、この壕はビエーブル河畔まで延びていました

 ビエーブル川はティエールの城壁付近で閉塞され、川の谷は水が溢れてジャンティイ周辺は氾濫区域となります

 トロシュ委員会は、この川の西側にある3つの分派堡塁(モンルージュ、バンブ、ディッシー)を俯瞰する南方の高地を護るため、アントニー(モンルージュ堡塁の南5.5キロ)やル・プレシ(=ロバンソン

バンブ堡塁の南南西3.8キロ)の高地に防御施設を造ろうと森林を伐採し堡塁や砲台の工事を始めましたが、そのどれもが独軍の襲来までに間に合わず、工事は中途で放棄されてしまいました